「すべては神のなさること」

 200611月号

  • 20064月号 - 「このことを信じますか」
  • 2006-05 - N/A
  • 2006-06 - N/A
  • 川原信夫

     

    一年が過ぎるのは早いもので、今年も11月、感謝祭の月を迎えています。日頃、感謝の少ない者ですが感謝祭を迎えると収穫の感謝と共に、その収穫を与えて下さる神さまご自身に感謝を捧げ、そしてその神さまに生かされている事を心に留めて、感謝をあらわさずにはおれなくなります。聖書には感謝に関することばが沢山ありますが、そのひとつにこのようなものがあります。

    「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもって捧げる祈りを願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ人への手紙447)

    昔、ナポレオンが総督としてフランスを支配していた時代、ナポレオンに背いた罪で投獄をされたシャーネットと言うクリスチャンがいました。土牢に何ヶ月も幽閉され、ただ死を待つだけの日々の中で彼は次第に神への信仰も失いそうになっていました。ある日、怒りと苦々しさ、そしてあきらめがこみ上げてくる中で暗い土牢の壁に彼はこう刻み込みました。「すべては偶然の所産だ!」

    しかし、そんな部屋にも毎朝ひとすじの光が、明るさと暖かさを届けてくれていました。ある朝、ふとその光が当たっているところに目をやると驚いた事に、冷たい乾いた土牢のカチカチの床の割れ目から緑の葉が頭を出しているではありませんか。懸命に生きようとして上に向かって伸びているその姿に心が動かされました。土牢の中で唯一、命を共用できる仲間のような思いがして、彼はわずかに差し入れられる水を惜しみなくその草に分け与え、懸命に声をかけ養い育てました。するとやがて大きく成長して紫と白の美しい花を咲かせました。その時シャーネットは再び、神さまの事を思い起こすようになりました。そして、以前刻んだ土牢の壁のことばを削りとって、新しいことばを刻み込みました。「すべては神の創造の所産だ!」

    やがて、この話しが獄舎の看守やその家族などの口によって噂されるようになり、ナポレオンの妻であるジョセフィーンの耳に入りました。彼女はその話しに非常に感動し、土牢の中で花を育てる心を持つ者が危険な人物であるはずはないとナポレオンに強く進言したので、間もなくシャーネットは解放されました。勿論、彼は解放される日に、大きく育ったあの花を掘り起こし鉢に入れ、自らの住まいに持って帰りその庭に植え替えました。そして、そこにはこんな聖書のことばを添えました。「きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。」

    (マタイによる福音書630)

     忙しさのゆえに、ふと見過ごしているところに光が当てられて、神さまのいのちを感じる事がありませんか。あなたも神さまにとって大切な存在なのです。喜んでいて下さい。感謝をして下さい。

     

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